DAILY WORK
UGの日常

UGは人生の一部。何度もチャレンジしたい。

  • 中途(30代〜)向け
2024.02.29

こんにちは!採用広報のねぇさんです。
今回は入社16年目のシェアード社員「アダッチー」のインタビューです。
ぜひ、ご覧ください!

「一つのお客様に長く携わる」と決めています

ーーアダッチーとはこれまで2社のお客様を一緒に担当しましたね。今日はよろしくお願いします!はじめに自己紹介をお願いできますか。

よろしくお願いします!栃木県宇都宮市出身のアダッチーです。2007年11月入社なので、UG歴は丸16年になります。他のシェアード社員と違う経歴としては、2014年から2年間、当時のシンガポール支店(2016年閉店)に駐在し、現地の日系企業のITサポートを担当しました。現在はシェアード社員として2社のお客様を担当しています。

ーーありがとうございます。丸16年・・・!すごいですね。さっそく、UGに入社するまでのことを教えてください。

僕が大学を卒業した2000年ごろは就職氷河期で、「東京で就職活動してもおもしろくないな」と思い、地元宇都宮で就職先を探しました。新聞に載っていた大手タイヤメーカーの販売会社の求人広告を見て、「ココだ!」と決めました。

ーー決断の速さは当時からだったのですね!その会社でのお仕事について聞かせてください。

「社会人になったら最初に就職した会社で5年間は修行しよう」と考えていたので、5年間しっかり勤めました。店頭での接客やタイヤ交換、売上集計など店舗運営に関する業務や法人営業をしながら、ときには本部の研修施設へ行って工場見学をしたり、本部の人の話を直接聞ける機会もありました。
宇都宮という都会から離れた地域だからこそ、就職氷河期でもグローバル企業の関係会社に就職できたという利点は大きかったです。地元企業の経営者の方々と知り合えたことや、車の修理を自分でできるようになったことも良かったですね。当時の職場の先輩たちとは今もつながっています。

ーーその会社を退職されたあとは、どうしていたのですか?

オーストラリアでワーキングホリデーをしたあと、帰国して転職活動をするなかでUGと出会いました。大学が情報系の学部だったし、これからはITの時代だと考えていたので、もともとITの仕事に就きたいとは考えていたんですよね。ただ、IT企業に入ることが転職活動の最終目標ではなかったんです。

ーーえ!?どういうことでしょうか?

大学生のときから「どこの会社にもITの仕事はある」と考えていました。実際に大手タイヤメーカーで働いていたときもパソコンに不慣れな人のサポートをすることが多かったし、当時から社内のITの面倒を見ていました。だから、規模や業種は関係なくITの仕事をさせてくれる会社はたくさんあると思っていました。

ーーなるほど!UGへの入社はどんなことが決め手になりましたか?

須田さん(社長)との面談で「がんばれば評価するよ」と言われて、最初はちょっと戸惑いました。”がんばる”って人それぞれだし、がんばっても成果を出せない人もいる。”がんばる”の軸はよくわからないけど、おもしろい社長だなあ。評価はあとから付いてくると思うし、とりあえずやってみよう!と思って入社しました。2007年当時のUGは創業2年目の黎明期なので、現在とは状況がまったく異なりますけどね。

ーー実際にUGに入社してみて、いかがでしたか?

個人でITを勉強することと、仕事で会社のITをサポートすることは全然違いましたね。会社ごとに使われているITの規模や構成が違うし、自分はコーポレートIT未経験でもお客様先では「ITをサポートしてくれる会社の人」というふうに見られるので最初は緊張しました。

ーー最初はアダッチーでも緊張していたのですね。そこから16年、シェアード社員として仕事をするうえで大切にしてきたことを教えてください。

「一つのお客様に長く携わる」と決めて仕事をしてきました。お客様企業の全体像を知り、一年を通して何をどのタイミングでやっているのか、お客様の事業がどのように展開されているのかを把握する。自分とお客様が理想とするコーポレートITにもっと近づけるために、そこからさらに3~5年くらい継続して関わらせてもらっています。なので僕の場合は16年間UGに居て、これまで携わったお客様はたったの8社なんです。

ーー10年以上のシェアード社員歴があって、8社は少なめかもしれないですね。「一つのお客様に長く携わる」ことで得られたものは何ですか?

初めて担当したお客様では、1年もしないうちにお客様先の社長や重役の方に「ちょっと相談が・・・」と声を掛けていただいて、一緒に新店舗立ち上げプロジェクトを推進することになりました。当時はIT未経験でUGに入社したばかりだったので、「僕、ITに詳しいわけじゃないんだけどな」と思いながらも、うれしかったですね。もしかすると「しっかり腰を落ち着けてご支援するぞ」という僕の姿勢が伝わって、信頼していただけたのかもしれません。

チャンスは準備していないと訪れない

ーーシンガポール支店時代のお話も聞かせてください。どんな経緯でシンガポールに赴任されたのでしょうか?

20代のころから「35歳になったら海外で働く」と決めていて、実際に35歳のとき赴任しました。シンガポールへはUG入社前に行ったことがあり、活気があって周辺国の若者もたくさん働きに来ていて、「自分も働くならこの国だ!」と思いました。なぜ35歳に設定したのかというと、それなりに社会経験を積んでいて、気力・体力も十分ある年齢だと想像したからです。
チャンスは準備していないと訪れないと考えていたので、シンガポール支店設立の話が出る前から手続き関連について調べたりしていました。そこで、UGに入社して2つ目に担当した外資系企業のお客様先で働いているうちに「コーポレートITのサポートが必要な企業は日本に限らない。もしかするとこの先、UG社員でありながら海外で働けるチャンスが来るかもしれない」そんな手応えを感じていたんです。それに、「コーポレートITの仕事を通してグローバルに働けるのってすごく楽しいな」と思いました。
そのころ、ちょうどUGも海外進出を視野に入れはじめ、シンガポールは景気が良く、日系企業も数多く進出していました。須田さん・瀬田さん(fjコンサルティング社長)と現地を視察し、事業としてやっていけるか企画を練り上げ、事業計画書を作成して経営会議でプレゼンしました。

ーーアダッチーの起案でシンガポール支店ができたんですか!?知らなかったです!

10年も前の話だからね(笑)僕のなかでは、ちょっとずつ準備してきたことがどんどん形になっていってうれしかったですね。経営会議でのプレゼンから1年後にはシンガポールに赴任しました。

ーーそこからの2年間はいかがでしたか?

シンガポール支店には明確な撤退基準があり、その基準さえ守れば何をしてもよかったので、毎日脳みそフル回転でした。初めに、僕自身の人件費と諸経費として会社から700万円が入ったお財布を渡され「これを増やしてください。もしお財布の中身が空っぽになったら帰ってきてね」という約束だったんです。

出国前は設立準備と見込み客集めを同時進行して、2社をご支援することが決まった状態で赴任しました。ただ、僕一人で営業しながら同時に売上も立てていくのは難しくて、どうやったら黒字を維持できるのかずっと試行錯誤しました。瀬田さんの知り合いの会社に頼んで日系企業へ営業のテレアポをしてもらったり、現地で外国人スタッフを採用できないか?と考えて採用面談をしたりしましたね。
あとは、日系企業をターゲットにしていたのでFacebookで日本人コミュニティを探したり、会合に参加して知り合いを増やしたこともありました。現地に赴任している日本人は孤独な人が多いので、話は聞いてくれるんですよね。ただ、コーポレートITについては日本の本社からのサポートで足りているケースもあり、なかなか売上にはつながりませんでした。そもそも、コーポレートITの担当者が現地にいないので、その企業のお困りごとを聞くこと自体が難しかったんですよね。

ーー現地に行ってみないとわからないことがたくさんあったんですね。シンガポールで得た教訓はなんですか?

「新規事業は時間をかけず、最速で黒字化しないといけない!」ということです。とにかく、スピード感が大事ですね。シンガポールでは、僕も必死だったけど他の企業の人たちも「すぐに会社を大きくしないといけない!」という思いで必死でした。
あとは、自分と同年代の人がシンガポールで起業しているのを見て「そういう働き方もあるんだ!」と刺激を受けましたね。

ーー撤退が決まったときのことも聞かせてください。

2年間、お財布に余裕があるときはほとんどなく、最後のときも「あと1社獲得できれば撤退基準をクリアできる」というところで失注してしまいました。「走り続けたけど・・・あぁ、終わったかな」と思いました。もちろん、悔しさはありましたが、やれることは全部やったので後悔はしていません。
撤退基準が明確だったこともあり、帰国後はすぐに気持ちを切り替えて次のお客様先に行きました。でも心の奥底で「どうすればもう一度海外進出にチャレンジできるか?」ということをしばらく考えていました。

ーーそんなに熱い想いがあったのですね!何年くらい考えていたのですか?

3年・・・5年・・・いや、実は今もかもしれなくて。以前と違うところは、シンガポールにこだわらない気持ちが大きくなっています。

一人でがんばる限界が見えてきて

ーー2022年度は社長賞に輝きましたね!おめでとうございます!!UGでの16年間を振り返ってみて、アダッチー自身が最も変化したことはなんですか?

ありがとうございます!
数年前までは「自分ががんばれば、どうにかなる」という考えで乗り越えてきたこともありましたが、最近は一人でがんばることの限界を感じています。2018年から2022年までの5年間に担当していたお客様は一人でご支援をしていたため、他のUGメンバーとほとんど交流を持てていなかったんです。2023年からはなるべく多くの社内イベントに参加して、あらためてUG社内のつながりをつくっているところです。UG社内で新たなつながりをつくることで、新たな仕事の機会を得て、自分の成長にもつなげられたらいいなと考えています。

ーー確かに!以前はあまり社内イベントでお見かけしませんでしたね(笑)

この1年ほどは同じスクラム(※)内でも新卒1~2年目のUGメンバーと一緒に仕事をするようになり、これまでにない刺激をもらっています。僕が知らないことをすでに知っていて実際に仕事として取り組んでいることがあり、「社会人になって年数が浅いのに、もうそこまで気づいているんだ!」と驚かされることが多いです。

※スクラム=お客様ごとに、その企業を支援するメンバーで構成されたグループ

ーーアダッチーからみて、UGのここが変化したな、と思うのはどんなところでしょうか?

僕が入社した当時(社員数50名程度)とは比べ物にならないほど、勉強会や委員会など自主的な活動が増えて、いろいろな場面でリーダーシップをとる人が増えていると感じています。新卒入社1年目のメンバーが全社会の司会を積極的にやっているのも活気があっていいですね。僕自身は社員数が増えたことにまだ慣れなくて、全社会に参加すると「なんだか自分が居る会社じゃないみたいだな」と思うことがあります(笑)

ーーこれからやってみたいことはありますか?

もし海外進出にチャレンジしたい若手のUGメンバーがいればサポートしたいと考えています。僕が単独で海外に乗り出すには、もう賞味期限が切れている気がするので(苦笑)

ーー何言ってるんですかwアダッチーもまだまだ大活躍できますよ!

思い立ったら全力でチャレンジしてもらいたいし、なにか気になることがあって踏みとどまっているなら背中を押したい。そう思っています。僕も10年前、シンガポール支店に行ったときは、たくさんのメンバーが応援してくれました。
あとは、コーポレートIT分野に直接関係のない活動、たとえば部活や趣味の活動からでもいいから、いつか、何かしらUGの次の事業につながるものを生みだせたらうれしいな、と個人的に思っています。

ーーそれでは最後の質問です。ズバリ!あなたにとってUGとは?

自分の人生の一部です(笑)
これからも、自分がチャレンジできる機会に恵まれたときは波に乗れるように準備を続けます!

ーーカッコイイ!今日はたくさんのお話ありがとうございました!!

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