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UGの日常

成長の鈍化を感じたら環境を変える!それが僕の生き方 - ユナイトアンドグロウ総合採用サイト

  • 中途(20代)向け
2023.06.21

こんにちは!採用広報のねぇさんです。
今回は2021年11月入社カミンのインタビューです。ぜひ、ご覧ください!

就職に対する考え方が変わった、ブラジルでの「人生の夏休み」

ーー今日はよろしくお願いします!カミンさんと言えばTwitterスペース「UGつながりトーク」「あららじ」のMCがとっても素晴らしいです。今日はUG入社以前のお話も聞かせてください。はじめに、自己紹介をお願いできますか。

はい、よろしくお願いします!2021年11月入社のカミンです。僕はサッカー王国静岡で生まれ育ち、創価大学法学部国際平和・外交コースへの進学を機に上京しました。学生時代は短期・長期あわせて3カ国へ留学。新卒で入社した都内の留学エージェントでは営業職を経験し、初めての転職でUGに入社しました。これまでシェアード社員として6社のお客様を担当し、入社当初からUGアカデミーの運営にも携わっています。

ーー濃い~歴史をギュっとまとめていただきありがとうございます。カミンさんは自他共に認める「強靭なメンタル」をお持ちですよね!少年時代はどのように過ごされていたのですか?

小中高と部活動でサッカーに打ち込みました。特に中学校はJリーグや日本代表で活躍する選手を輩出した強豪校で、その方を指導したコーチに僕もお世話になりました。とにかく練習が厳しかったおかげで「強靭なメンタル」を手に入れました。チームの横断幕には「敵は己にあり」と書かれていましたね(笑)
ただ、サッカーに打ち込みすぎて高校は志望校に入ることができませんでした。青春をサッカーに使いすぎましたね(笑)高校でもサッカーは続けましたが、海外に行きたいという目標があり勉強に打ち込みました。

ーーそれで国際色豊かな大学に進学されたのですね。

僕の母校は全学生の10%程度が留学生で、僕自身も1年生のときから国際学生寮に入寮していました。2~3年生のときは寮のスタッフを務めましたね。
僕の憧れの先輩が「学内の活動はどんどんやったほうがいい!」と勧めてくれたことがきっかけで、学園祭実行委員や入学式・卒業式実行委員のほか、大学2年生のときには「国際連合研究会」という部活で部長を務めました。3年生からはヴォーカル・グループにも入って、自分ができそうなことは全部やりました。
友人がたくさんできたし、学内ではちょっとした有名人になりました。キャンパスを歩いていると、知らない下級生から「カミンさん!お疲れさまです!!」って声をかけられたりして。

ーーすごく目に浮かびます!(笑)

あの頃はいろいろな活動に参加しすぎて、いつ寝ていつ起きていつご飯を食べたのか、記憶があいまいです。むしろ、社会人になった今のほうが時間にゆとりがあるかもしれません(笑)

ーーそんな状況のなか、留学もしてたんですよね!?

1年生のときは海外インターンシップでベトナムに1ヶ月。ダナンの高級ホテルで接客をしました。2年生のときは2週間の交換留学でケニアへ。ナイロビの大学で現地の学生と交流したり観光をしながら、ケニアの歴史を学びました。
次は長期で留学したいと考えていて、はじめはサッカーが強い英語圏の国、例えばイギリスに行こうと思っていました。ところが国際学生寮の相部屋がアメリカ人で、日本にいながらある程度英語は話せるようになっていったんです。それで新しい扉を開けるために、「英語圏以外でどこかおもしろい国あるかな」と考え、4年生の4月から1年間休学してブラジルに行くことにしました。

ーー「新しい扉を開ける」ってすごくカミンさんらしい表現ですね!

ブラジルに行くまえは、自己成長や就職のために留学しようと考えていました。ところが僕の周りの留学生たちに「どうして日本へ留学したの?」と聞いたら、「就職のために」というような理由はほとんどなかったんですよね。みんなそれほど強い理由を持っていなかったんです。「日本のアニメが好きだから」とか、「日本の文化に興味があるから」とか。仲のよかったアメリカのテニス選手は「しばらく試合がなくて半年ほど暇だから」なんて言ってました。
彼らがEU加盟国やアメリカで就職するとき、日本への留学経験はそれほど有利にならないんですよね。僕も彼らの話を聞くうちに「そんな理由で留学しなくてもいいのかな」と考えるようになり、「成長したい」「多言語話せるようになりたい」という思いは一旦横に置いて、ブラジルで「人生の夏休み」を過ごすことにしたんです!

ーーブラジルでの暮らしはいかがでしたか?

楽しいことも、ヒヤっとしたこともありました!ブラジルでの一年をとおして、サンパウロにある日系の物流会社でインターンシップをしていました。はじめは言葉が通じなかったけど、暑い倉庫のなかでおそろいの作業着を着て、毎日汗だくになって作業しているうちに仲のいい同僚ができました。彼らの友人にスラム街の近くに住んでいる仲間がいたので、一度ナイトパーティに招待してもらったことがありました。日本や他の国では味わったことのないちょっと怪しい雰囲気で、「たとえお財布やスマホを盗られたりしても生きて帰れればそれだけでいいや」と思いました。

ーーブラジルに行く前と行った後では、どんな変化があったのでしょう?

就職に対する考え方が大きく変わりました。僕の目から見て、日本で働く人々は仕事が中心の生活です。平日の仕事をがんばるため、週末はリフレッシュに充てている。一方、ブラジルで出会った同僚たちは週末に全力で遊びを楽しむため、平日の仕事は淡々とこなしている。
僕もブラジルにいたときはお酒を飲んで遊ぶことばかり考えて、一時は「こういう暮らしもいいな」と思ったけど、1年近くそういう生活を続けていると、だんだん虚無感に襲われてくるんです。「人生にやりがいはあったほうがイイ!」と思いました。

失敗するなら早い方がいい

ーー就職活動のお話も聞かせてください。

3月に帰国し、しばらくの間は就職活動に身が入りませんでした。本格的に活動を始めたのは夏ごろで、「部活みたいに、情熱をぶつけられる仕事がしたい!」と思って就職先を探しました。上場したばかりのベンチャー企業から11月に内定をいただいたのですが、その会社に入社したあとの自分の軌跡がはっきりとイメージできてしまい、「おもしろくない!」と思って辞退しました。
12月からまた就活を再開して、Wantedlyで前の会社を見つけました。社員数10名程度の留学エージェントです。先輩たちや代表との面談をとおして「情熱をぶつけられる仕事ができる!」と思って入社を決めました。

ーー新卒1社目の会社はいかがでしたか?

僕が入社したのはコロナ禍に突入したばかりの2020年春でした。留学が決まっていたのに渡航できないお客様や、今すぐ留学したいのにあきらめざるを得ないお客様が続出していました。業界内の会社はどんどん潰れてしまい、僕がいた会社も「キャッシュが続かない、何もしなければ会社が潰れてしまう!」という状況に陥り、辞めていく人もいました。
会社に留まったメンバーは、代表と僕を含めた10人。留学事業だけにこだわっているわけではなく、それぞれが起業家マインドを持っていたので、「コロナ禍という逆境をどうしたらチャンスに変えられるか?」を毎日真剣に議論しました。そこで始まったのが英会話のYouTubeを中心としたメディア事業です。最初に開設したチャンネルは開始6ヶ月で登録者数10万人を突破しました。

ーー私もその英会話チャンネル登録しています!カミンさんたちの壮絶な努力の末にできたチャンネルだったのですね・・・。

当時の営業は僕を含めて4人だけで、「売上の25~30%を自分がつくらないといけない」という状況でした。誰かひとりが倒れて売上をつくれなかったら会社が潰れてしまう。できる・できない、モチベーションのある・なしは関係ありませんでした。経営者マインドを養えたし、あの状況で新卒1年目を乗り越えたことは自信につながっています。

ーーさすがですね!転職を考えたきっかけは何だったのでしょうか?

「いつ転職するか?」は1年目の秋ごろからずっと考えていました。2年目になるころには営業として自信がついて社員教育もできるようになり、会社も危機的状況を脱していて、僕自身「成長の鈍化」を感じたんですよね。いまの時代、転職は必ずすると思っていたし、1回目の転職を29歳でするか25歳でするか考えた結果「最初の転職は失敗してもいいから早めにやっておこう」と思い、本格的に転職活動を始めました。

ーー1年目からご自身のキャリアについて真剣に考えていたんですね。初めての転職先はどのように決めたのでしょう?

進化のスピードが速くて、ビジネスチャンスが多そうなIT業界がいいなと考えました。次は営業以外の仕事をしてみたくて「エンジニア」について調べてみると、「エンジニア」といってもいろいろな種類があることに気がつきました。まずはIT業界のことを広く知ろうと思い、応募企業を選択していきました。「コーポレートエンジニア」という職業を初めて知ったのはUGのミートアップイベントでした。SaaS企業や事業会社のコーポレートエンジニアもエントリーしましたが、複数社を比較していちばんおもしろそうだと思ったUGに入社を決めました。

ーー入社の決め手は何だったのでしょうか?

業種業界問わずさまざまな成長企業をお客様としていることや、社員が会社づくりに参加できることです。面談のときに高井さんから、「一緒に会社つくっていこうよ!」と言ってもらったときに、率直に「いいな」と思いました。
会社の規模やフェーズも重視しました。待遇がよくても会社として完成してしまっていたら、おもしろくない。UGは上場していて待遇もよく、それでいてベンチャーっぽさがあるところが魅力でした。

この会社を成長させるぞ!

ーーUGに入社してみて、いかがですか?

「おもしろい船に乗っちゃったな!」と感じています。「成長の鈍化を感じたら環境を変える」というのが僕の生き方なので、転職を繰り返さずいろいろなお客様を担当できるシェアード社員の働き方はすごく合っていると思います。できるだけ多くの組織を見てみたいし、お客様先がどんなカルチャーで会社を運営されているのか、企業の内側に入って経験できるのは楽しいですね。

ーーシェアード社員として働くうえで意識していることは何ですか?

コーポレートエンジニアである僕たちにとっての「当たり前」や「あるべき」をお客様に押しつけないように気をつけています。大企業なら十分な予算をかけて実現できることでも、中堅・中小企業の場合は予算や人手が足らない現実に直面することが多々あります。
実は前職での1年目、僕は会社の現状を否定して、「いくら社長に言っても改善されない!」と憤慨していました。でも、会社が社員に提供できるものや、社員に期待することはフェーズに応じて変化していくということを理解できてからは生きやすくなりました。シェアード社員となった今もお客様の状況を理解した上で話を進めることができるので、深い信頼関係が築けているなと実感しています。

ーーそれは大きな気づきでしたね!UGアカデミーの活動についても聞かせてください。

学生時代に吉田松陰と出会い、人材育成や組織論に関心があったので「UGを成長させるぞ!」という思いで、入社後は真っ先にUGアカデミーの運営メンバーにアタックしに行きました。UGは上場して数年経過しているので、前職の会社と比べて社内の各種制度や教育研修はある程度整っているのかな?と想像していたのですが、入社してみたら「まだまだやることいっぱいあるじゃん!!」と感じました。

ーーカミンさんは運営チームのなかでどんな役割なのでしょう?

僕の活動のほとんどは、運営メンバーとの1on1ミーティングです。

ーーあら!ちょっと意外でした。コースの設計や講義の企画ではないのですね(驚)

僕も一度やってみたんですけどね・・・うまくいかなくて(笑)ほかの運営メンバーが素晴らしいコンテンツをつくってくれているので、僕はそのサポートに徹しています!以前はごく限られたメンバーだけで運営されていたのですが、2022年から一年かけて、主体性があり、熱い想いを持っているメンバーに集まってもらいました。しばらくはUGアカデミー運営チームを活性化させるために活動しつつ、いつかは「ベンチャー企業論」を開講したいと考えています。

ーーすごく楽しみです!それでは最後の質問です。ズバリ、あなたにとってUGとは?

船です。UGは上場してまだ3年半、『ONE PIECE』(ワンピース)でいうイーストブルーを出てグランドラインに出たばかり。もちろん創業から上場までも大変だったとは思いますが、本当のジャーニーはまだ始まったばかりでまさにこれから本編スタート!という感覚です。
入社前はそれなりに大きい船に見えたんですけど、入社してみたらこの大海を進むには「もっとでかくしないと」と考えています。自分の持ち場とかあってないようなもので、一人一人の持ち味を100%出し切って、さらに自らの手で船を増改築させ、ワクワク大冒険をしていきたいです。

ーーこれからも楽しい航海を!今日はたくさんのお話ありがとうございました!

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